歴史探訪:「庵の庭」のご紹介

歴史探訪:「庵の庭」のご紹介
本社裏の山中に明智光秀公の母堂が住んでおられた庵の庭跡があります。
歴史にご興味がございましたら、どうぞお寄りください。

庵の庭 由来

庵の庭 由来

1.庵の庭

中洞区西洞に在り、昔佛光山西光寺と称し、光秀の母尼僧となりて住みし尼寺ありしと云ふ。現今にては只幅約四間、長さ七間許りの平地にして、石垣と見ゆるものあり。又、三、四百年も経たらんかと思はるる梨の古木一つあるのみ。明智光秀の母の末流家の伝記に、中洞源左衛門の長女、当国の大守土岐美濃守。

1.仏光山西光寺旧跡(庵の庭と称す)

天文11年壬寅3月大原寺開基、宗桂禅尼土岐家滅亡を弔わんために、此の庵を建立して、慶長9年11月20日此の庵寺にて入寂す。時に年94才なり。のち人は西洞寺と言うたもの。
西武芸村誌より

写真

庵の庭への入り口です
庵の庭への入り口です
山道を登ります。
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